ドクターズボイス
ささやかな日常の幸せを守るために大切なのは
日常の些細な変化や違和感を見逃さないこと。
そのお手伝いをさせてください。
大池 涼先生名戸ヶ谷病院
脳神経外科

ご紹介文
千葉県柏市にある名戸ヶ谷病院でiNPHを専門として診療。ある時、上司から「iNPH診療で更にあなた自身の力を発揮できるのでは?」との助言もあり、そこから本格的にiNPHの診療に力を注いでいる。丁寧で時間を惜しまず、症状だけではなく患者さんやご家族のQOLも考慮した診療で、同病院における水頭症手術件数の増加を牽引する大池先生にお話をうかがった。
iNPHの診療をされる中で
大切にされていることは何ですか?
「患者さんの人生の“日常を守ること”でしょうか。人の幸せとは何か、と考えると、当たり前の日常が送れることじゃないかなと思うんです。幼い頃から私の母がそういうことを話してくれる人なのもあってか、淡々と続く何気ない日常の風景を見るのがとても好きな子どもでした」。
医師を志したのは進路を模索中に見た、医療ドラマがきっかけで、
「神の手と呼ばれて大きな手術をしたり難病に立ち向かったりというものではなく、島民の暮らしに寄り添って、一つひとつの人生を大切にする姿、日常を守ろうとする医師像に惹かれたんです」
と笑顔を見せる。iNPHの特性上、患者さんの多くは高齢者である。
「老いは過ごした日常の先にあるもの」
と捉えている大池先生曰く、
「それ自体は悪いことでも、耐え難いものでもない」
とのこと。
「ですが、病気はその日常を断絶し、突然人々から幸せを奪ってしまうものです。まずは、iNPHの手術が何事もなく終わることも大切ですが、術後に心不全の悪化などで日常生活が妨げられないように、併存疾患への理解を深めたいです。患者さんは皆さん人生の先輩方。人生観を尊重した診療方針を心がけ、医師として寄り添っていきたいです」。
iNPHの治療に携わって、
印象に残っていることは?
iNPHの新規患者だけでも月に20〜30人診療するという大池先生。その数が異例の多さであるだけでなく、全ての患者に寄り添いながら治療に携わっていくバイタリティには驚かされる。特に大きな気づきを得たエピソードを伺うと、膵臓癌の緩和ケアで通院中に、めまいがきっかけで脳外科を受診した80代の男性について話してくれた。
「画像所見ではそこまでiNPHの強い疑いがあるわけではなくて、小さな脳梗塞もあり、そちらが原因と言われても仕方がないくらいでしたが、タップテストをしたところ、明らかに治療をした方が良いと判断しました」。
もちろん、その人の人生観に沿って治療をするというのは大前提としてあるため、無理強いはしていない。が、タップテスト後のちょっとした変化を本人以上に家族が気づいて進言するなど、本人も家族も手術に積極的になってくれたことも印象深かったという。
「がんに伴う、うつ傾向もあったのですが、『ここ数年で一番気分がいい』と仰ったのが忘れられません。余命がどれだけかわからなくても諦めずに生きようとする患者さんには治療ができる、というのも私には大きな喜びでしたし、がん患者さんでもiNPHの手術(シャント術)をしようと思うきっかけになった患者さんです」。
iNPHの治療について教えて下さい。
「手術を悩まれる方は、手術をとても大きな山として見ています。ですが、iNPHに関していえば、私は手術よりも術後のリハビリを続けていくことの方がずっと大変だと思っているので、手術は小さな山だと見ています」
と話す大池先生からは、患者さんの日常を取り戻そうとする丁寧な姿勢が自然と滲み出る。脳神経外科で扱う手術の中では比較的簡単な部類に入るとされるシャント術だが、高齢となる患者さんの身体的負担などは、やはり少ない方がいいに決まっている。手術をはじめとする治療において名戸ヶ谷病院ではどのような取り組みがなされているのだろうか。
「当院の脳外科では全ての疾患を井上部長が管轄しており、部長以下5名の若手少数精鋭のチームで動いています。それは手術の質向上の面で非常に重要なことです。難易度の高い手術をする人が常に質を管理し、それをチーム全員が共有する体制がつくられているんです。チーム内では活発な意見交換がされ、ちょっとしたことでも日々改善されていきます」。
チーム全員がエキスパートであり、局所麻酔で30分以内、早いと20分以内に手術が終えられることは、患者さんへの身体的負担の軽減にも繋がっている。
iNPHのサインを見逃さないためには?
“普段やっていることがうまくできない”と本人が感じたり、周囲が気づいたりできるかが早期発見の鍵となるiNPH。
「サインとして、めまいやふらつき、転倒などが挙げられますが、特に転倒の場合、動作が遅くなってしまったがゆえの転倒は要注意です。めまいは当院では必ず脳神経外科に案内されますが、他病院では耳鼻科に通されることもあるので、見過ごされてしまうことも。また、iNPHの患者さんは自分のことを考えられなくなっていることも多く、そばにいる方々のサポートが不可欠です」。
大池先生は、続けて独居の70代女性の患者さんを例に挙げた。
「うまく歩けず、何度も転び、相棒の猫ちゃんのお世話もできなくなっていたのを見かねて、その女性をご家族のように気にかけていた民生委員の方が当院に連れてきてくださいました。今は元気になられて、猫の世話が忙しいから、となかなか来院してくれないんですけどね」
と困りながらも笑って話せるのは、その患者さんに広義の意味で「家族」がいる安心感からだろう。
「人生観はご家族、身近な方が一緒に作っている場合が多いので、家族や社会背景も含めて治療を考えるよう努めています。まずは本当に簡単な検査で分かることなので、ぜひ脳神経外科の受診と検査をお願いしたいですね。きっと良くなりますから」。
