ドクターズボイス
手術するかどうかは医師と相談して
決めれば良いこと。
検査まではリスクもほとんどないので、
受診・相談は遠慮せずしてください。
羽柴 哲夫先生関西医科大学
脳神経外科学

ご紹介文
関西医科大学附属病院で水頭症と脳腫瘍を専門に診療。「治療適用と判断しても手術するかどうかは患者さん次第。私から強くすすめることはしません。ずるいですよ、私は(笑)。」と話す先生だが、「親身になって相談にのってくれる先生です。」と患者さんからの信頼は厚い。先生の誠実さと「患者さんをハッピーにしたい。」という患者さんファーストの姿勢が伝わるからだろう。そんな先生にお話をうかがった。
iNPHの治療に携わって何年目でしょうか?
「初めて手術したのは2009年頃だったので、13年ほど経ちました。脳神経外科では未破裂脳動脈瘤や頸動脈狭窄症などの無症候性疾患の治療を行う事も多いのですが、2010年にタップテストした患者さんでは、症状が劇的に改善したのを見て、すごいなと思ったんです。」
無症候性疾患の場合、例えば”脳梗塞にならないように治療する”といった将来のリスクを減らす予防的手術のため、症状が良くなるところに立ち会うわけでもない。一方、iNPHの患者さんでは脳脊髄液を抜くと症状が良くなり、患者さんやご家族がハッピーになってくれる。このことがiNPHの診療を続けるきっかけの一つになったそうだ。
「大学生の時に自分は天才ではないと分かっていたので、物理学者のように何かすごい発見をして何十万人をハッピーにすることはできないけど、医師になれば一人一人をハッピーにすることはできると思って医師を目指しました。また、匠の技で病気を治すTHE・脳外科という手術はなかなか力不足でできないですが、データをもとに病気の診断をしたり、手術後も患者さんに寄り添っていきたいと思っていた私には、適切な診断や、手術後のリハビリや退院後の経過観察などのケアが重要になるiNPHは性に合っていたんだと思います。」
iNPHの治療に携わって、
印象に残っていることは?
そうして今までに130人くらいのiNPHの患者さんを手術し、寄り添ってきた先生に、印象に残っているエピソードを尋ねた。
「2015年くらいに手術した70代の女性です。動けなくなって寝たきりでまったく歩けない。けれど画像ではiNPHの所見が見られる。正直、もう手術しても遅いのでは?とも思いましたが、手術すると歩けるようになるまで回復されました。ご本人はぼーっとされていて寝たきり状態だったので、ご自分がなぜ歩けるようになったかよく分かっていなかったようですが、手術前後のギャップという意味では大変印象に残っています。他にも、将棋で息子さんに勝てなかったのに手術したら勝てるようになった、身だしなみに気を遣うようになった、趣味をするようになったなど、ささやかな喜びを感じてくださった方もいて、嬉しいなあと感じます。」
一人一人をハッピーにしたいという先生の学生時代の夢は、iNPHの患者さんと向き合うことで叶えられているようだ。
3徴候以外でiNPHを見極める方法は?
iNPHの3徴候は歩行障害・認知症・尿失禁だが、歳のせいだと思って見逃されることが多い。3徴候以外でiNPHを見極める方法を先生に質問した。
「意欲の低下でしょうか。ぼーっとした表情になったり、前向きな姿勢がなくなったりします。また、礼節を欠いた行動が多くなったり、だらしなくなってしまったり、どうでもいいといった投げやり感が出たりします。」
“意欲の低下”は身近にいらっしゃるご家族が一番気づきやすい点でもあり、タップテストの結果でもご家族が良くなったと実感しやすい点だという。
「私は手術適用かどうかを“症状の経過・画像・タップテスト”この3つの結果で総合的に判断します。タップテストの結果が良くても、画像でiNPHの所見が見られなければ手術しないこともあります。逆にタップテストの結果は良くなくても、画像でiNPHが認められ、自覚症状の改善があれば手術をすすめることもあります。意欲については数値として表すことは難しいですが、ご家族に『元気になったね。』と実感していただくことが多いです。」
iNPHは手術で症状を改善できると言われていますが、本当に治るのでしょうか?
「ご自身やご家族が困っている症状と、我々が良く出来るのではないかと判断している症状が一致すれば良くなる可能性がありますが、すべてを元に戻すことができる万能な手術ではないので、期待しすぎると難しい部分があります。私は治る認知症は少し言い過ぎだとは思っており、認知症が治りますよとは説明していません。認知機能障害を気にされている方には、具体的にどの様な点が良くなる可能性があるとか、どういう生活上の変化が起こり得るかを、これまでの経験をもとにお話ししています。命に関わる病気ではないので、検査の結果をきちんと説明し、手術をすすめるかすすめないか、だけをお話して患者さんが希望されたら手術をするというスタンスで、強くすすめることはしません。お返事も次回以降で構いませんとお伝えしています。」
茶目っ気たっぷりに話す先生だが、手術を強くすすめないのも先生の患者さんファーストの心があるからだ。iNPHは脳神経外科の中では比較的簡易な手術とされているが、リスクがないわけではない。そのため診断結果を丁寧にお話しし、患者さんの不安や心配事にはしっかりとお応えした上で、手術の決断は患者さんにゆだねているのだと感じる。実際に先生の患者さんは『羽柴先生は親身になってとことん相談にのってくださる、信頼できる先生です。』と感謝されていた。先生のユーモアなお人柄が、患者さんやご家族が先生に心を開き相談できる状況を作っているのだろう。そして最後に、手術を強くすすめはしないという先生も“受診”は一度してみたほうが良いと話す。
「手術するかしないかは、医師とよく相談して決めたらいいこと。ですが、おかしいなと思ったら一度受診してみると良いと思います。検査するまではほとんどリスクもないですから。受診・相談については、恥ずかしがらず、遠慮せずにしていただけたらと思っています。」
