iNPHという病気〜治療できる歩行障害・認知症・尿失禁があります〜 患者と家族の体験談 豊岡さんの場合
  • 豊岡 千枝子さん(79歳)

    若い頃からスポーツ好きだったお母様の異変に息子さんが気づいたのは3年前。年のせいとは諦めきれずに専門医を訪れたところiNPHと判明。治療が大きな効果を上げ、以前とは別人のように回復されたお母様との海外旅行は「まるで夢のよう」な至福の時間でした。

〜息子さんの豊岡昇さんの手記〜

「小さな異変」がきっかけでした

今年、79歳になった私の母は、若いころからスポーツが大好きで、ともかく良く笑う能天気な性格です。私が幼少の頃、母は暇さえあれば、テニスに熱中する毎日。おまけに父もかなりのテニス狂だったので狭い社宅の我が家はいつも会社の若い人達で溢れておりました。

今の横須賀に引越してからは、ゴルフに夢中になり「定期券を買った方がいいんじゃない?」と家族から呆れられるほど頻繁にコース通いをするようになりました。

さすがに、70歳を過ぎたころからは、やっとおとなしくなりましたが、今度は若いころからのこのような遍歴が災いして膝を痛め、8年前の夏に手術をして左膝は人工関節となりました。

そして、母と同居する私が「小さな異変」を頻繁に感じるようになったのは3年ほど前からでした。きっかけは、「あれ!」と驚く事から始まりました。いきなり、さっき言ったばかりの事が思い出せなくなってしまったのです。余りに突然の現象だったので、初めは「いつもの冗談か!」と思ったほどでした。母の友達も「年をとれば、もの忘れくらい誰にでもあるわよ!」と一笑するので「そんなものかな、年だから、仕方ないか!」と一時は諦めかけました。次第に「直近の記憶が無くなってしまう」この状態が頻発するようになりました。アルツハイマー病のようになったら大変だ!と感じた私は紹介先の脳外科の専門医に受診する決意をしました。

専門の先生との出逢いがすべてでした

「専門の先生に母を診て頂こう!」という決断が、私たち親子の生活を劇的に変化させ、より充実した前向きで明るいライフスタイルをもたらしてくれました。そして、すべては、現在もお世話になっている東京共済病院の院長で脳神経外科医の桑名信匡先生との出逢いから始まりました!

桑名先生に診察して頂き、脳室に髄液が溜まり過ぎて様々な症状を起こす「特発性正常圧水頭症」という病気である事が判明したのです。さらに先生が主導された脳外の専門チームによってタップテストやシャント手術という、大きな治療効果が期待できる新しい検査や治療法が開発されたことも知ることができたのです。

母の病状の経過を要約すると、2年ほど前、先生に初めて診察して頂いてからは、検査やタップテストをしながら、経過観察をしてきましたが、昨年の春に再度タップテストをした上で「手術を行えば改善の可能性が大きい」という先生の最終診断を頂き、昨年の5月に10日間ほどの入院で「シャント手術」をしていただきました。そして、手術後、私達親子は、想像もしていなかった大きなプレゼントを頂く事になります。

夢のようなスイス旅行が実現しました

本当に驚いた事に、手術後すぐ、私は「生まれ変わった別人のような母」と再会するという大きな幸運に恵まれます。何と!あの人工関節を入れてぎこちなく歩いていた母が、嘘のようにスイスイと軽快に歩いているのです!病院のリハビリ室という好条件ではあるにせよ、このように、何の障害もなくスムーズに歩く母の変身ぶりには只々驚くばかりでした。人工関節手術以降の歩行の問題は実は水頭症が原因であったということになります。本当に先生に病気を見つけていただいて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そして、退院して1か月後の昨年の初夏。私は母と共に、永年の念願だったスイスに旅立つ事が出来ました。

イメージ画像 シャンパン気候で有名な美しい湖と氷河に囲まれたサンモリッツ、名峰マッターホルンを仰ぐツェルマット、そして4000m級のアルプス連山が見事なユングフラウをゆったりと約1ヶ月かけて旅する事ができました。

特記すべきは、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3名山が連なる大パノラマを正面に眺めながら、母も自力で3時間もの「アルプスハイキング」が実現した事です。美しいという言葉では表現できない「夢のような至福の時間」を堪能する事ができました。すべては、先生と、本当に心温まる献身的なケアーをして頂いた、病院のスタッフの方々のおかげです。

最後に、是非、お伝えしたい事があります

それは、もの忘れや、歩行障害などの症状が少しでも気になるようになったら、「年なのだから仕方がない!」と勝手に諦めたりしないで、この先生のような専門医を紹介してもらうことをお勧めします。

私たちは、本当に幸運なことにこの先生のおかげで、全く違った幸せなライフスタイルを創造することができるようになりました。もちろん、すべてがパーフェクトではありませんが、今まで受動的になりつつあった母が、自分から進んで家事やリハビリを毎日をやるようになり、「生活の内容と質」が大きく変わりました。本当にありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。

最後に、一人でも多くの方が、この病気から解放され、積極的で充実した生活をされるよう、心からお祈りしております。是非、希望の扉を見つけてください。

2010年1月執筆

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  • 読売新聞記事掲載イメージ画像

    2010年7月16日読売新聞夕刊に記事が掲載されました。
    (2009年のスイス旅行に引き続き2010年もドイツ・オーストリア・スイスへの旅行が実現しました)
    (クリックすると別画面で開きます(pdf形式))

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